創立100周年記念事業
プロジェクトのご紹介

学生参加型イベント

学生・生徒がつくるコンテンツ 卒業生を訪ねる
プロジェクト

私たちの武蔵野大学はどんなふうに
歴史を刻み、成長してきたのだろう。
社会で活躍する卒業生を、
在学生、在校生が
訪ねました。
(このコンテンツは学生、生徒が
取材から執筆までを行っています)

鹿志村 綾(経営学部経営学科4年)、三浦 楓(法学部政治学科4年)、石橋 玲奈(経営学部経営学科4年)、武井 玲奈(文学部日本文学文化学科3年)

先輩、武蔵野らしさって
なんですか?
今回、話してくださった先輩
1999年度卒業生(当時・武蔵野女子大学)
おはなし作家・アナウンサー・保育士
茂木 亜希子 さん
プロフィール
1977年生まれ。武蔵野女子大学文学部英米文学科を卒業後、コミュニティFMを経てNHK長野放送局キャスター、テレビユー福島アナウンサーに。結婚・出産を機に保育士資格を取得。保育士、おはなし作家、絵本ナビゲーター、司会、ナレーターとして活躍中。一般社団法人アナウンス発声協会副理事長。著書に「こどもアナウンスブック」(共著:常世 晶子/子どもの未来社)「りんごごろごろ」(絵:森 あさ子/世界文化社)「はやくちレストラン」(絵:森 あさ子/金の星社)「ファミリーで楽しもう!渋沢 栄一かるた」(株式会社ほっこりーのプラス)等多数。

私の中では必然。アナウンサーから、
保育士、おはなし作家、そして発声教育へ。



 大学卒業後、コミュニティFMで働いた後、NHK長野のアナウンサーになり、夢をスタートさせました。その後、結婚、出産をして子育てに専念していたのですが、娘に絵本の読み聞かせをしていたらのめり込んでしまいました。幼い頃に母が私に読んでくれた絵本の記憶が蘇ってきたんです。声を使う仕事をしてきたことも活かして、ボランティアで地域の子どもたちへの読み聞かせ活動をするようになります。

 

 しかし、読み聞かせは悪戦苦闘の日々。もっといい読み聞かせをするために、子どもの発達段階を学ぼうと、保育士試験の勉強をして独学で資格を取りました。その後、縁があってプレ幼稚園で保育士として働くようになり、今もたくさんの子どもたちと関わっています。おはなし作家として20冊以上の絵本や書籍づくりにも携わりましたが、そのきっかけもプレ幼稚園やイベントなどで紙芝居を手づくりしていたことから。さまざまな方向に広がってきたキャリアですが、私の中では必然。振り返るとすべてがつながっていて、ぜんぶが作用して今の私がいるのだと思います。

 
 今は、子どもたちへの発声教育に力を入れています。正しい発声や話し方を知り、きちんと話せるようになることは自信に繋がり、コミュニケーションも変わっていきます。子どもたちがキラキラした目になるのを見ると、いつも感動します。どの仕事においても共通してやりがいに感じることは、独りよがりではなく相手に喜んでもらうこと。自己満足ではなくその先にいる誰かが笑顔になる。それが私の原動力になっています。



自分だけじゃないことに気づけるか。
相手を考える大切さを武蔵野で学んだ。



 高校生の頃、イチョウ並木が続く自然豊かな武蔵野キャンパスに惹かれ、ここに通いたいと思いました。そんな憧れの大学に入学して、学生生活で一番夢中になったことは楽器。大学に通いながら武蔵野市民交響楽団に所属し、チェロを担当しました。武蔵野市と友好都市だったルーマニアでの海外公演にも参加しました。


 山口 弘恵先生のもとでイギリス文学を学んだことも私にとって大きかったです。ブロンテ姉妹の作品を英語で読むのは大変でしたが、いい思い出です。アナウンサーになるためのスクールに通うなど、あちこちで課外活動をしている私を、先生たちは「大学時代にしかできないことをたくさんやりなさい」と、温かい目で見てくださいました。今思えば、武蔵野の4年間があったから、今の仕事があると、心から思います。


 私たちの時代は女子大学。女子しかいない教室には、明るくおっとりとした雰囲気が流れており、そのアットホームな空間が大好きでした。そんな中、田中 教照先生の仏教学の授業は、内面ができていなければ人間として立派になれないと、びしっと指導してくださったのを覚えています。「四弘誓願」のお話もあり、独りよがりではなく、みんなと共存していくことが自分のためにもなると学んだことを今でもはっきり覚えています。


自分の仕事の先にいる人を想うこと。
周りの人に感謝の気持ちをもつこと。



 保育士資格合格後に絵本づくりを始めるときも、最初は思うようにはいかずに悔しい思いも経験しています。出版社の元編集長の方から「おはなしづくりの基礎ができてない。一日一本、お話を書いて一ヶ月後に持っておいで」と言われたときは、絶対に諦めずやり切ると決めて、一ヶ月後に持っていきました。そうして私もひとつひとつ進んできました。


 「なにくそ」という想いがなければ人間は成長しません。「こんなものでいいか」と手を抜くことは絶対にいけない。そして本気で考えてくれる周りの人たちの意見を忘れないこと。時には自分と違う考え方に出会うかもしれませんが、それがどこかで大きなヒントになって返ってくることもあります。すべての出会いが一期一会だと思って過ごしています。


 自分の仕事の先にいる人を想う気持ちと、周りの方たちに感謝の気持ちをもつこと。絵本づくりも保育も演奏会も、ひとりではできません。たくさんの人の個性が響き合って、はじめて成り立っています。そんな方たちに感謝をし、相手にとってプラスになることは何かを妥協せず考え抜くようにしています。


 多様性と自らの可能性を信じて、相手を想って手をつないでいける世の中にしていく気持ちが武蔵野らしさ。そして、どんな人にも耳を傾け、独りよがりにならないこと。卒業生や学生のみなさんの活動で、その響きがもっと広がっていけばいいなと思います。

Musashino Memories
当時の面影はそのまま。
つながりが深まる場所「学ホ」

茂木さんが在学中一番好きだったと話してくださった場所は、武蔵野キャンパスの1号館2階にある学生ホール、通称「学ホ」。武蔵野女子大学時代から学生たちの憩いの場になっていたようです。当時の茂木さんのルーティンは、そこでアイスを買って、食べながら友だちを待つこと。英米文学科は提出しなければならない課題の量も多く、その準備のために、友だちと学生ホールや図書館にいる時間が長かったそうです。現在、大学は共学の総合大学になりましたが、学生ホールは当時と変わらず、お昼休みに友人とアイスを買って盛り上がる声、グループワークで資料をまとめながら話す声、放課後にはクラブ活動をしている音が絶えず聞こえてきます。勉強の相談をきっかけに仲良くなったり、時にはクラブ活動で本音をぶつけあったり。交流を通して人間関係が深まっていく場所であり続けています。

「取材・原稿制作を終えて」
「茂木さんの挑戦し続ける姿に、
勇気をもらいました。」

「よく聞く」ことがコミュニケーションに重要なことだと茂木さんからアドバイスをいただきました。よく聞くことで相手を知り、相手に合わせた会話ができるのだと感じ、これから社会で様々な人と交流していく上で実践したいと思いました。変化しながら成長している武蔵野大学の姿を卒業生として誇らしく思っているというお話を聞き、来年度からは卒業生となる私も、武蔵野大学の今後をしっかり見ていきたいと感じました。

(経営学部経営学科4年 石橋)

人間は「なにくそ」がなければ成長しないという言葉がとても心に残りました。私は人から認められなかったとき、落ち込んでしまいがちです。私がマイナスに捉えるような状況も、茂木さんはポジティブにご自身の成長に繋げておられて、その姿がとてもかっこいいなと思いました。悔しい気持ちも何かに繋がるかもしれない、この経験は無駄にはならないと、物事に前向きに考えていきたいと思えるようになりました。

(経営学部経営学科4年 鹿志村)

私は就きたい職業がありますが、狭き門であることに、心が折れそうになることもあります。今回の取材でそのことを茂木さんに相談しました。茂木さんはアナウンサーや保育士、おはなし作家など次々と夢を叶えていらっしゃいますが、それぞれ約2年下積みがあることを話してくださいました。その人生経験から「夢を叶えるには時間が必要」と言っていただけたおかげで、焦らずに夢を追い続けてみようという勇気を持つことができました。

(文学部日本文学文化学科3年 武井)

取材日:2022年11月 所属・肩書等は取材当時のものになります